10
「わあっ!」
大きな声を上げて目覚めた場所は、よく見覚えのある自分の部屋だった。
「こ、ここはっ? 何処?」
「おいっ、モヤシっ、お前なに寝ぼけてんだ?!」
「……かん……だ……?」
「はぁ? 俺が誰に見えるってんだ?」
「……ねぇ、今……僕のことモヤシって呼んだ?」
「あぁ? モヤシはモヤシだろぉが……」
「かっ、かんだぁ〜!」
アレンは感極まって、目の前にいる神田に思い切り抱きついた。
「ちょっ、おまっ!」
「神田っ、神田っ、神田ぁぁ〜〜!」
まるで子供のように泣きじゃくるアレンに、さすがの神田も返す言葉をなくしていた。
だまってその身体を抱き返し、宥めるように何度も背中を擦ってやる。
だが、アレンはしゃくり上げながら泣き続けることを中々止めようとしなかった。
「僕がいけないんです……僕が全部……」
「あぁ? それじゃ意味わかんねぇだろうが。誰かに何かされたのか?」
「神田に……別の恋人がいました……」
「は……はぁ?」
神田は腑抜けた顔をして眉間に皺を寄せた。
一瞬何かを考えるそぶりもしたが、
それでもやはり思い当たる節がないのか、
怒った表情でアレンの身体を引き剥がす。
「お前なぁ、俺にそんな甲斐性があるわけねぇだろ。
お前一人だって手ぇ焼いてんのに、どこをどうすりゃ他にそんな相手がいるってんだ?」
「だって……いたんですよ」
その泣き顔に嘘はない。
何処かの誰かに、妙な嘘でも吹き込まれたのかと、神田は考えを巡らす。
「ラビに何か言われたのか?」
「いえ……見たんです」
「は?」
頭を傾げて考えてみても、神田には全く心当たりがない。
まぁ、それも当たり前といえば当たり前のことなのだが。
「まったく心当たりねぇな。一体どんな奴のこと言ってんだ? お前?」
アレンはしばらく黙っていたが、涙声のまま続ける。
「髪が白くて、小さくて、顔に紅い傷があって人懐こくて……
腕にイノセンスを持ったエクソシストです…」
しばし真顔で考えたが、神田はそのうち呆れた顔で呟いた。
「そりゃ、まんまお前だろぉが……」
「……はい……僕は……同じ顔をした相手に負けたんです」
はぁ。……と神田は大きな溜息をついた。
アレンが何を言おうとしているかは良くわからないが、
おおかた悪い夢でも見ていたのだろうと解釈したからだ。
「で? 今、俺の目の前にいるお前は、誰なんだ?」
神田の言葉にアレンの泣き声が止む。
今神田に聞かれた台詞は、あちらの世界で、あの神田に囁かれた言葉だったからだ。
まるでデジャヴのような光景に、アレンは思わず息を呑む。
そしてにっこり笑ってこう続けた。
「アレンです。キミが愛してくれた『モヤシ』のアレンです」
すると神田もこう続ける。
「そうだ。お前はお前だ。誰でもねぇ……俺が愛してる、『モヤシ』のアレンだ!」
互いに額を付け合い、どちらともなく微笑む。
そしてアレンはその唇をゆっくりと神田の唇に重ねた。
少し冷たくて、でも徐々に熱くなってくる感触。
整った薄い唇から覗く紅い舌が見え隠れするたび、アレンの身体の中に何かが燻りだす。
「うん……神田だ……僕が大好きな神田の唇です……」
「は…こんなもんが好きなら、いくらでもくれてやる」
今度は神田がアレンの頤を掴みその唇に貪りつく。
「……っ、んっ……ふぅ……」
熱い吐息が重なり合い、互いの熱を高めあう。
神田の手がアレンのシャツを脱がせようと触れた瞬間、
シャツの胸ポケットから何やら光る物体が転げ落ちた。
「……あ……」
それは、悪夢だとばかり思っていた世界で、
もうひとりの神田からもらった琥珀の根付だった。
「これ……やっぱり夢じゃなかったんだ」
行為を中断して、アレンがその琥珀を拾い上げる。
「お前っ……それを何処で手に入れた?」
アレンが手にした琥珀の根付を見た瞬間、神田の顔色が変わった。
「え? これは……その……」
アレンが答えに詰まっていると、神田はアレンから身を起こし、
傍に掛けていた団服の内ポケットからおもむろに何かを取り出した。
薄暗い光りを浴びながら、鈍い光を放つそれは、どこか見覚えのあるもので……。
「えっ! それって!」
アレンは驚いて目を丸くした。
神田が掌を開いて差し出したそれは、アレンが良く知っているものだった。
「これは俺が親からもらった根付だ。
多分、お前が持っているのと対になってる代物だ。
母が俺にこの琥珀を手渡す時に、本当はもう一つのつがいがあるって言ってたんだ。
いつのまにか行方が知れなくなってて随分探し回ったと聞いてたが……それをまさかお前が……」
自分がもらった琥珀よりも確かに一回り大きなそれは、
やはり中央に花びらの形をした大きな気泡があり、
それを取り囲むようにして小さな気泡が無数に散りばめられていた。
光りを浴びた琥珀は、互いを捜し求めていたかのように、美しい光りを放っている。
「良かった……もう一つの琥珀って、神田が持ってたんだ」
「これは夫婦で持つと、一生添い遂げられるっていう逸話つきの根付だ。
母の根付は誰かに盗られたらしくて、俺が譲り受けたのは父の物だけだったんだが…
我が家に代々伝わっていた根付を、何でお前が持っているんだ?」
神田の瞳は明らかに疑いを持っている。
下手な言い訳は、彼に通用しないだろう。
琥珀を手にした経緯を、なんと言って目の前の神田に説明したらいいのだろうか。
アレンは深い溜息をつくと、事実を全て打ち明けようと決心をした。
もうひとりの神田ですら、会ったばかりの自分の話を信じてくれたのだ。
目の前にいる本当の恋人が、自分を信じてくれないわけがない。
ただ、きっと叱られる。それも、むちゃくちゃ……
アレンは神田を上目遣いで見ながら、怖々と話をしようと、生唾をゴクリと飲みこんだ。
自分が望んで帰ってきた時空で、これが初めての試練となるわけだが、
なんだかとてつもない試練に思えてしまう。
まぁ、それも止むを得ないのだろうが。
アレンはゆっくりと息を吸い込み、事の次第をゆっくりと話し出したのだった。
《あとがき》
長らくお待たせしてしまいました。
ようやく夏コミも終わり一段落したところで、
お待ちかねの続きです(*^ ・^)ノ⌒☆
次回はお待ちかねのラブラブシーンとなります♪
お楽しみにwww
NEXT⇒
注: 続きの第6話には性描写が若干含まれております。
苦手な方、もしくは18歳以下の方はご遠慮ください。
BACK